うつ病をきっかけに新たな生き方を模索する人のためのブログ

完璧主義をやめるには、成果をあげない自分を認める必要があった

2019/02/02
 
この記事を書いている人 - WRITER -
たぐ
webライター・ブロガー。うつ病当事者。うつ病になった人に向け、会社で働く以外のフリーランスとしての働き方・生き方を情報発信。うつ病と付き合いながら、〝自分らしい〟人生の歩み方を模索中。
詳しいプロフィールはこちら

「成果をあげることに、価値がある」と考えていると、物事を完璧にやり遂げなきゃいけないと思えてきますよね。完璧にやり遂げないと、成果があがらないように感じて、不安になってきますから。

 

 

 

 

はじめのうちは、成果をあげて、他人に褒められたり、認められたりすることで、完璧主義を貫くことができても、そのうちに、完璧にやり遂げられないことに気づくと、失敗が怖くなって、何か行動を起こす気持ちさえなくなるもんです。

 

 

 

 

「さすが!」、「完璧だね」とか言われるうちに、いつの間にか、他人からの自分に対する要求や期待値が高くなってきたように感じてしまうんですよね。

 

 

 

 

すべての完璧主義者が、うつ病のような精神的な病気になるとはわかりませんが、やってもやっても、自分への要求や期待値を高めているような考え方をしていれば、何か行動を起こすことを恐怖に感じ、「うつっぽい気分」にもなってくるものではないでしょうか?


スポンサーリンク

完璧主義者は、成果=自分の価値だと思っている

完璧主義者には、もともと仕事ができる人が多いように思います。物事を「きっちり」、「しっかり」やる習慣がついているので、自分では普通に仕事をしているだけなのに、「すごいね!」、「しっかりしているね!」などと、周りの人から言われることがよくありますよね。

 

 

 

 

他人から褒められたり、喜ばれたりすると嬉しいから、もっと認められて、喜んでもらいたいと努力しているうちに、あらゆることに対して完璧にこなすことが美徳と感じられるようになるんでしょう。

 

 

 

 

先日、僕は、病院の泌尿器科を受診して、超音波で、自分のお腹から膀胱にいたるまでの検査をしてもらいました。超音波を使うと、モニターでからだの中の様子を見られるのですが、モニターを見た医者から、「腎臓は、キレイだね。大丈夫。」と言われました。その時は、自分で見ることができない腎臓であるにも関わらず、他人から褒めれたように感じて、嬉しく感じられたんです。

 

 

 

 

一般的に、臓器を褒められるという特殊な経験はないにしても、日常的な仕事の中で、他人に褒められることに価値を感じ、いまよりも褒められ、喜ばれるように成果をあげようすることはよくあることだと思います。

 

 

 

 

そこで伺いたいのが、あなたが、仕事で成果をあげ、自分の行いに価値を感じられることは、なんでしょうか?

 

 

● 誰かに褒められること?

● 誰かのためになったと思えた時?

● 収入を得たり、収入が増えたりすること?

 

 

どれをとっても、それ自体に価値があるのかもしれません。しかし、完璧主義をやめるのなら、そもそも、そんな成果をあげなくても、自分自身の存在に価値があることを認める必要があります。

 

 

 

 

なぜ、褒められること、他人のためになること、収入を得ることよりも、自分の存在価値を認めることが、完璧主義をやめることにつながるのか?と思われたかもしれません。理由は簡単です。他人に賞賛されること、誰かに奉仕すること、今よりも収入を稼ぐことには、終わりがないからです。終わりがないものをいつまで求めても、自分の満足感を得ることはできないんです。

 

 

 

 

それでも、今まで完璧主義で生きてきた人間としては、「自分がさらに成果をあげれば、満足感を得られるはず」と思えてしかたがないので、自分で立てた目標や自分に持っている期待値を下げることができません。なぜなら、今までと同じか、それ以上の成果を得られないことが恐怖に思えるので、「自分が中途半端だと思える成果」で、仕事を終わらすことができないからです。

 

 

 

 

だから、完璧主義をやめるためには、自分が何かの成果をあげていようが、あげていなかろうが、自分の存在自体に、価値があることをまず認めることが重要です。

 

完璧にやり遂げようとしない方が、多くの体験ができる

完璧主義のたちが悪いところは、からだの調子がいい時には、仕事を完璧にやり遂げられてしまうことです。

 

 

 

 

仕事を完璧にやり遂げられているうちは、満足感を得られているんですが、例えば、いまのように、ちょっと気分が落ち込んでいたり、不安にかられたりするような調子が悪い時にも、同じ成果を出さなければいけないような気分にかられているはず。

 

 

 

 

いつでも、完璧にやり遂げようとしていると、「きっちり」、「しっかり」できる自信がなくなった時に、すっかり行動する気力が湧いてこなくなるんですよね。自分で高くした自分の仕事への要求水準に、からだや心がずっとついてこられる訳がないですから。

 

 

 

 

行動する気力がなくなるくらい、完璧主義を続けることがつらくなってきた時には、むしろ、中途半端にやるくらいの気構えの方が、結果的には、多くの物事を行えます。もともと、仕事に対して真面目に取り組む方でしょうし、能力が高いことが認められてきたからこそ、完璧主義の思考になったと思うからです。

 

 

 

 

完璧にやり遂げようとするのではなく、「中途半端にやり遂げてみよう」と考えた方が、結局は、仕事に集中できたり、多くのことを体験できたりしますよ。

 

たぐ
といったように記事にしてみましたが、きっと、記事の内容を忠実に守ろうとしていますよね?「あぁ、こんなこと言う奴もいるんだなぁ」くらいに、適当に流すことから、練習してみてもいいかもしれませんね。
この記事を書いている人 - WRITER -
たぐ
webライター・ブロガー。うつ病当事者。うつ病になった人に向け、会社で働く以外のフリーランスとしての働き方・生き方を情報発信。うつ病と付き合いながら、〝自分らしい〟人生の歩み方を模索中。
詳しいプロフィールはこちら

- Comments -

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Copyright© 僕の人生にうつがきた , 2018 All Rights Reserved.