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自然体で生きるためにやめた4つの不自然体

2019/02/04
 
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たぐ
webライター・ブロガー。うつ病当事者。うつ病になった人に向け、会社で働く以外のフリーランスとしての働き方・生き方を情報発信。うつ病と付き合いながら、〝自分らしい〟人生の歩み方を模索中。
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「無理してたな…」

「疲れた…」

 

 

 

 

心の調子を崩してみると、自分の生き方に疲れを感じることが多いですよね。

 

 

 

もう頑張りたくない

無理をしてもしょうがない

気楽に生きたい

 

 

 

もっと自分らしい自然体でいられたら、今よりも、楽に生きられるかもしれない。でも、自然体で生きるって難しいですよね。

 

 

 

 

今まで、他人に合わせて、他人の顔色を気にしながら生きてきた人間にとっては、素の自分を出すことで、周りから嫌われてしまうような気がして、自然体でいることが難しく感じられます。

 

 

 

 

僕は、サラリーマン生活で、2度、うつ病になりました。心の調子を壊してみると、実感するんですが、自然体で生きるよりも、不自然体で生きることの方が難しいです。そして辛いだけ。

 

 

 

 

好きでもない人と一緒にいる、やりたくもない仕事に自分の時間を何時間も使うとか。自分の気持ちをごまかしながら生きていると、いつの間にか、自分が何のために生きているのかすらわからなくなってきます。

 

 

 

 

だから、僕は自然体で生きるために、4つのことをやめました。


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何のために生きているの?

自分が何のために生きているのか質問されると、おそらく、こう答えたくなりません?

 

 

● 家族を養うため

●会社のため

●自分を必要とするお客様の為

 

 

要するに、家族、会社、お客様のために仕事をすることが、生きる目的になっているんですよね。以前は、僕も、他人の期待にこたえたり、他人につくしたりすることが、生きる目的だと勘違いしていました。

 

 

 

 

でも、それは自分が生きている理由ではなくて、自分が生きている口実を作っているだけということに気づいたんです。

 

 

 

● 家族を養いたいのは、自分が安心したいから

● 会社に尽くすのは、自分の存在を認めてほしいから

● お客様には、自分を必要としてほしいから

 

 

 

たしかに、「他人に必要とされているような感じ」は、行動するエネルギーをもらえますよね。そういう欲求を「承認欲求」と言います。他人から認められると、さらに、期待に応えたいと思いますし、次は、もっといい反応をしてもらえるように頑張りたくなるものです。

 

 

 

 

でも、いつだって、自分が思った通りの反応が他人から返ってくるとは限らないですし、認められようと頑張り続けると、自分の感情よりも、他人がどう思うかが重要に感じるようになってくると思うんです。

 

 

 

 

たぐ
他人のため…他人の幸せを願って…って。そんな生き方、辛くないでですか?

 

 

 

 

もちろん、家族、会社、お客様、自分が大事にしているものをないがしろにするという意味ではありません。ただ、他人の感情を最優先する生き方は、自分にとって不自然な状態ですよね。他人の数だけ、自分を作っていれば、心も疲れ果てるはず。

 

 

 

 

僕自身は、心の調子を崩してから、自分に嘘をついて生きることを辞めました。自分が何のために生きているのか?

 

 

 

 

たぐ
自分が生きている理由は、自分が楽しみたいからに決まっているじゃん!

 

 

 

 

自分の幸せの責任を他人に負わるのではなくて、自分の気持ちに素直になった方が、自然体で無理なく生きられると思うんです。

 

自然体で生きる為にやめた4つの不自然体

自然体で生きるためには、自分が不自然で窮屈に感じることをやめればいいんです。とは言っても、今まで、他人に合わせた生き方をしてきた人間にとっては、何が自分にとっての不自然か?なかなか、自覚がないですよね。

 

 

 

 

そこで、僕がやめてみた4つの不自然さを挙げました。

 

 

 

1. 無理して笑わない

 

社会で生きていると、愛想笑いをする機会が多いですよね。相手に合わせて、無理して笑っていませんか?笑ってもらって、喜んでいる相手の横にいるのは、疲れている自分です。

 

 

 

 

仲の良い友達となら、時には愛想笑いをしても、ストレスに感じないでしょうけれど、仕事上の関係だけの人に、無理して笑顔を作ろうとすると、笑ったあとのエネルギーの消耗が激しいものです。

 

 

 

 

愛想笑いをする必要がある相手は、会社での発言力があったり、何かを決定する権限があったりするから厄介です。笑ってあげないと、「愛想がないね」、「暗いね」などと言い始めるから、たちが悪く感じられません?

 

 

 

 

たぐ
余計なお世話だよ。

 

 

 

 

発言力や権限がある人は、ないがしろにするのも難しいでしょうから、無理して笑わないでもいいように、近づかないことが一番いいと思います。考えてみればわかるでしょうけれど、愛想で笑ってあげている相手に限って、自分の人生にとって、そんなに大事な人ではないです。

 

 

 

 

一生、同じ職場で働いていくなら別ですが、職場が変わってしまえば、何の関係性もない人たちになっていきます。だから、自分が疲れ果てるまで人間関係を保つ必要はありません。

 

 

2. 他人に合わせない

 

僕は、昔から集団行動が苦手でした。これは、自分の家族であっても一緒です。

 

 

 

 

特に、僕は「家族だから、いつでも一緒に行動すべきだ」と考える傾向が強くありました。家族に限らず、友達や恋人など、一緒に行動していないと、絆が壊れてしまう、一緒にいる意味がなくなってしまうような不安を感じることがありませんか?

 

 

 

 

でも、本当に理解し合っている関係であれば、お互いの考えや行動を束縛する必要ってないんですよね。自分の欲求を抑えて、他人に合わせてばかりいると、欲求を抑えた分のストレスを相手にぶつけたくなるものです。

 

 

3.他人の顔色をみない

 

他人と比べる、他人の機嫌ばかりを見ていたら、自分の人生を生きている気がしなくなりませんか?僕は、上司、お客さん、妻、なんなら娘の顔色を見て、自分の好きなことや本当にやりたい事を後回しにする習慣がありました。

 

 

 

 

自分に素直にならない事は、思っている以上にストレスです。相手の感情や考えをコントロールする事はできません。僕らができるのは、自分の感情や考えに従って生きる事だけ。

 

 

4.媚びを売ってまで生きようとしない

 

他人の機嫌をとろうする努力は、あまり意味がありません。相手がどのような感情を持つかは、あなたが何をしたかではなくて、相手がどのように考えたかによるからです。もしあなたが、他人に媚びを売る習慣があったら、きっと、自分の努力に見合った相手の反応がなかった時のストレスは、とても大きいですよね?

 

 

 

 

他人を信頼する事は素晴らしいですが、見返りを求めるのはやめましょう。見返りを求めすぎる関係性は、お互いにつらいだけです。

 

自然体で生きる難しさの背景

とは言っても、嫌な事を止めて、自然体で生きるなんて現実には無理だと思ってしまいますよね?自分がそう振る舞わないと、何かとんでもない事が起こるような気がしてならない。

 

 

 

 

それ、昔の成功体験が邪魔してません?

 

笑ってあげれば友達は喜んだ

他人に合わせれば摩擦は起こらなかった

他人が喜ぶよう振る舞えば、嫌われなかった

媚びを売れば、自分の失敗が許された

 

 

 

成功した当時は必要で仕方がなくてやっていた事も、大人になった今。あなたはもう自分で稼げるし、自分で判断し、人生を選択できる。
だから、過去の成功した体験で得た、無理ししている自分に捕らわれる必要はない。

 

 

 

 

今の自分を作ってきたのはたしかに過去の体験だけれど、これからを作るのは、あなたの意志次第でどうにでもなるんです。

 

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