うつ病の運動とは?リハビリの専門家が自分自身におこなっていること
うつ病の療養中には、運動が良いと言われています。運動は、生活リズムを整えたり、体力をつけたりするためにも習慣にしたいもの。
ただ、運動と一口に言っても、自分ひとりではどういったことをおこなえば良いか悩むことが多いです。うつ病の時には、どういった方法で運動をおこなっていけば良いのでしょうか?
僕は、約10年間、リハビリの専門施設で作業療法士として働いてきました。「作業療法士」とは、病気やケガで日常生活が送りにくくなった患者さんに対して、自宅や社会での生活が過ごしやすくなるようにリハビリを提供する専門職のことです。
実は、僕自身も作業療法士として働く中でうつ病を患い、自宅で療養生活を送っていました。一時期は、ほとんど寝たきりのような生活を送っていたので、からだが動かせるようになった頃には、筋力も体力もすっかり落ちて、満足に歩くことさえできなくなっていました。
肉体的な衰えは、社会復帰の障がいのひとつになるでしょうし、それ自体が自信を失う要因になるもの。
だから、僕は、日常生活を送るために必要な筋力や体力を取り戻す目的で、リハビリの仕事の経験を活かして、さまざまな運動をおこなうことにしたのです。現在では、軽いジョギングをしたり、電車に乗って遠出をしたりできるようになりました。
うつ病になっても、身近に当事者や専門家がいないことから、運動のアドバイスをもらえないことのほうが多いでしょう。
そこで、この記事では、うつ病で落ちた筋力や体力を取り戻すために、自分でおこなった運動方法を紹介します。自宅で運動する時の参考にしてみてください。
目次
運動はうつ病の回復に効果があるの?
そもそも、運動はうつ病の回復に効果があるのでしょうか?実は、日本では、運動のうつ病への効果がまだはっきりと明らかにはなっていないようです。
日本で行われているうつ病患者への「運動の効果」に関する研究は、大きく3つの結果に分かれています。
① 運動指導者のもとで運動をすると効果がある
② 運動すれば効果がある
③ 運動に効果があるとはいえない
(参考:日本うつ病学会治療ガイドライン )
日本の研究では、運動がうつ病の「予防」に効果があるとわかっていても、「回復」に効果があるかどうかの判断は分かれています。
一方で、海外では、運動がうつ病の回復に効果があるという研究結果がたくさん報告されているようです。たしかに、散歩などでからだをうごかした後には、憂うつ感が少なくなったり、不安な気持ちが解消したりという場合もありますよね。
それと、リハビリの観点から言えば、うつ病になってから、日常生活での活動量が少なくなっていることにも注目しなければなりません。というのも、人間のからだは、からだを動かす機会が少なくなれば、必ず筋力や体力が低下するような仕組みにつくられているからです。
つまり、いまのところは、うつ病の回復に直接的な効果があるかどうかは明らかにはなっていないけれども、少なくとも、筋力や体力を取り戻すためには、うつ病者にも運動が必要になると言えるでしょう。
運動の頻度や時間は?
一般的に、うつ病の時には、次のような頻度や時間で運動することが良いとされています。
・ 頻度 ⇒ 週 3 回以上
・ 時間 ⇒ 一定時間
ただ、僕の場合は、うつ病になる前から運動習慣がないのであれば、運動をはじめる前に、細かく頻度や時間にこだわる必要はないと考えています。理由は、自分で厳密なルールをつくるほど、運動をおこなうことが苦痛になって継続しにくくなるからです。
特に、うつ病になると毎日の体調変動の差が大きいですし、病気の回復には長い時間がかかります。また、「運動をやらなければならない」といったような義務的な考え方をしていると、運動ができなかった時に挫折感が湧いたり、さらに気持ちが落ち込む原因になるからです。
うつ病では、体調の様子を見ながら、無理なく運動を続けることが必要です。はじめから厳密なルールを決めるよりも、「気が向いた時にできればいい」といった気楽な考え方でおこなったほうが、無理なく運動を続けられるでしょう。
どういった運動をすれば良いのか?
運動の種類には次の2つがあります。この2つのうち、うつ病の時には「有酸素運動」が良いと言われています。「有酸素運動」とは、簡単に言うと筋肉への負担が少ない運動のことです。
「有酸素運動」をすると、からだの中に不足しているセロトニンと呼ばれるホルモンが増え、憂うつ感などの症状が軽減すると言われています。うつ病の本などを見た時に、散歩やジョギングなどをすすめているところを見かけたこともあるのではないでしょうか?
ところが、うつ病になった当事者からすると、本当に散歩やジョギングなどの運動だけで良いものか疑問が残ります。というのも、うつ病になって動かない期間が長かったり、からだを動かす機会が減ったりしている場合、日常生活を送るための筋力も間違いなく衰えているからです。
実際に僕も、うつ病が回復してからだが動くようになってから散歩をしてみようと試みましたが、はじめは、外を歩こうにも足がふらふらしてろくに歩けませんでした。
こういった活動量が落ちたことによって起こる筋力や体力の低下した状態を、専門用語では「廃用症候群(はいようしょうこうぐん)」と呼びます。
うつ病になって動く機会が少なくなったからだは、間違いなく「廃用症候群」の状態にあるので、社会復帰をしていくためには、筋力を取り戻していくための「無酸素運動」も必要になると思うのです。
✔ うつ病になった :有酸素運動(散歩など)
✔ うつ病になって、筋力や体力も落ちた:有酸素運動(散歩など)+ 無酸素運動(筋トレ)
ただし、自分ひとりで運動をおこなおうとしても、具体的な運動方法で悩むことのほうが多いはず。そこで、うつ病を患ったリハビリの専門職として、自分ひとりでも取り組みやすい具体的な運動方法を紹介します。
自分ひとりでも取り組める運動
うつ病で活動量が少なくなると全身の筋力が低下しますが、社会復帰を考えるなら、足腰の筋力を積極的にアップできると良いでしょう。
足腰に筋力がつくと、歩いたり、全身を使った活動がおこないやすくなったりするので、日常生活が楽に過ごしやすくなりますし、活動できる範囲が広がっていきやすいからです。長時間のデスクワークを仕事にしていく場合にも、座り続けるには、やはり足腰の筋力が必要になります。
僕は、自分がうつ病になってまともに歩けなくなった時に、1) 筋力や体力をつける 2) 憂うつ感を軽くするために、以下のような運動をおこないました。どれも、気が向いた時に自分ひとりでおこなえる運動なので、ぜひ参考に取り組んでみてください。
1. 足腰に筋肉をつける運動
① お尻の筋肉をつける運動
② 太ももの筋肉をつける運動
2) 散歩
散歩は、うつ病で低下した体力をつけていく時におすすめの方法です。僕は「からだを動かしたい」、「体力をつけたい」という思いが湧いてきた頃から、習慣的に散歩をするようになりました。
ただ、「散歩が良い」とは言っても、うつ病を患ったからだにどのくらいの負担をかけていいかは悩むもの。動きすぎると、心身の疲労で動けなくなることもありますし、僕も運動の負荷量に悩みました。
運動量を考える時には、「運動の基準」を参考にしてみるのも良いでしょう。「運動の基準」とは、からだ(肉体)の状態によって運動を中止したり、休憩したりする時の判断となる基準のことで、リハビリの分野では頻繁に利用されているものになります。
「運動の基準」
・ 運動する前から動悸・息切れがある ⇒ 運動はしない
・ 運動の途中で軽い動悸・息切れがある ⇒ いったん休憩して、運動を再開する
つまり、からだ(肉体)だけに限って言えば、軽い息切れをするくらいまでであれば運動をおこなっても問題ありません。
ただし注意が必要なことは、この「運動の基準」は、肉体的な疲れに限った判断基準であるため、うつ病による精神的な疲れについては全く考慮されていません。
そのため、精神的に気疲れしているような感じがあったり、気分がのらなかったりする時は、個人的には無理をしてまで散歩をすることは避けた方が良いと考えています。
3) 家事
意外かもしれませんが、家事をすることも身近な運動のひとつになります。
以下は、国立健康・栄養研究所ホームページに掲載されている「改訂版 身体活動のメッツ表」をもとに、日常生活のエネルギー消費量を表にしたものです。
表を見ていただくとわかるように、掃除機や料理、床ふきなどの家事は、散歩(95m歩いた場合)と同じくらいのエネルギー消費量があります。
家事のよいところは、他人の視線や天候を気にせず運動をおこなえることです。また、実際に料理が完成したり、部屋がきれいになったりする様子を見ることができるので、達成感も感じやすい運動です。
「筋力や体力をつけたい、でも運動をすることが苦手」といった時には、家事をすることからはじめてみてはいかがでしょうか?
運動をする時に注意したいこと
僕は、リハビリの専門家として、主に身体障がいの患者さんを対象にリハビリを提供してきました。自分がうつ病になってみて思うことは、うつ病の人が運動をおこなう時には、身体的な病気や障がいを持った方とは違った注意点があるということです。
・ 気分が乗らない時に無理して運動しない
・ 翌日に疲れが残るほどやらない
・ きっちりやらない
身体的な病気や障がいを持った患者さんがリハビリをおこなう場合には、時々、患者さん自身のからだを追い込むように運動をする時もあります。
しかし、うつ病の時にからだを追い込むような運動をしようとしても、からだが動かなかったり、疲れが残りすぎたり、余計に動けなくなったりするので、気楽に運動するくらいの気構えのほうがうまくいくかもしれません。
実際、僕は、精神的な疲れを感じている時に無理をして運動をした結果、翌日にベッドから全く動けなくなることもありました。だから、うつ病で運動をする時には、「無理をしない」「疲れを残さない」「きっちりやらない」ことをポイントにすると良いでしょう。
運動をしてから変わったこと
僕は、からだが動くようになってから意識して運動をするようになったのですが、習慣的に運動をおこなってみると2つの大きな変化が起こりました。
1. できることが増えた
まず、身のまわりのことや家事などをおこなっても、肉体的な疲れを感じにくくなりました。
うつ病になってからの僕は、もともとあった体重(58㎏)が53㎏にまで減ってしまい、体力もすっかりなくなっていました。体力がなくなると、何をしてもすぐに疲れてしまうので、活動するたびに畳やベッドで横になっては休憩する必要があったのです。
それが、運動をするようになってからは、3食しっかり食べられるようになり、家事をしたり、子どもの小学校のイベントに参加したりするなどできることが増えていきました。当たり前のことなんですが、運動をするとお腹が空くので、からだに必要な栄養も摂取しやすくなったことも良かったのだと思います。
できることが増えてくると、からだを動かす機会も多くなってくるので、その後は自然と筋力や体力がついていきやすいですよ!
2. 不安や焦りを軽くすることができるようになった
また、不安や焦りを感じた時には、運動が気晴らしの手段にもなりました。
僕の場合は、うつ病の診断を受けてから1年以上が経過しても、強い不安や焦燥感に悩まされることが多くありました。自分の中で不安や焦燥感が膨らむと、日常のちょっとしたことも行動に移せないということが多かったのです。
でも、運動をおこなうようになってからは、不安や焦燥感がふくらむ前にからだを動かすようになってので、動けなくなる前に気分をリフレッシュできるようになり、自分の気持ちをコントロールしやすくなりました。
もちろん、いつでも気持ちをコントロールできるわけではありませんが、憂うつ感を感じた時に運動をおこなってみると、不安や焦燥感がふくらむことを自分で予防しやすくなるでしょう。
運動にはメリットがたくさんある
日本では、うつ病に対して、運動の根本的な治療効果は明らかにはなっていませんが、自分の経験からも、運動することで気分を変化させたり、体力づくりができたりなど、からだに良い影響が多いと実感しています。
通院治療をおこなっているだけでは、なかなか、運動の方法についてアドバイスをもらいにくい状況にあるでしょう。この記事では、うつ病の当事者として、またリハビリの専門家としての経験をもとに、運動の知識や方法について紹介しました。
社会復帰に向けて、自分でからだづくりをおこなっていく際の参考になれば幸いです。